ラムセス2世とは、古代エジプトの大王(ファラオ)のこと。
紀元前1300年頃~紀元前1210年ごろ、約3000年前のエジプト第19王朝のファラオです。
およそ90歳まで生きた、当時としても非常に長生きしたファラオでした。
そのラムセス2世には、驚くべき逸話が。
高身長や長寿命、偉大な勇者だったという話も。
さっそく見ていきましょう。
目次
ラムセス2世のミイラには逸話が!パスポートを発行された!?
ラムセス2世のミイラは、約130年前、1881年に発見されました。
今はエジプト考古学博物館におさめられています。
ラムセス2世のミイラは、20世紀後半にいちどフランスへ出国しています。
長年の保管による、劣化を防ぐための措置をするためです。
その出国の時に、驚きのエピソードが。
なんとラムセス2世にパスポートが支給されたのです。
ミイラという扱いではなく、生きているエジプト人という扱いだったというわけです。
さらにパスポートの職業欄には「ファラオ」と書かれました。
3000年前に古代エジプトを統治したファラオを今なおたたえる、エジプト人の姿勢がよくあらわれたエピソードといえます。
そしてフランスへ到着した際、各国の王を迎えるときと同様の儀礼で迎えられました。
ちなみに、のちにアメリカのアトランタでラムセス1世のミイラが見つかったときも、
ファラオとしてパスポートが発行されています。
このときも、実在の人物と同様の扱いをうけたというわけですね。
エジプトにとっても他の国にとっても、「ファラオ」は特別な存在のようです。
ラムセス2世はどんな人?高身長で勇敢な偉大な戦士!名前の由来は太陽神ラー
身長は173センチと、当時としてもかなりの高身長。
当時、古代エジプト人の成人男性は、165センチ前後の身長であったといわれています。
さらに驚くべきはその寿命。
古代エジプトの時代において、平均寿命は40歳前後。
その環境の中、ラムセス2世はなんと90歳まで生きたとされています。
90歳というと、現代日本としても長生きの部類にはいるでしょう。
3000年前の時点でそれほど長寿だったということには、驚くほかありません。
現代でたとえるならば、2メートル近い身長の、150歳まで生きた人間といったところでしょうか。
偉人というべきか、神の子とでもいうべきか…。
とにかく異常な数値です。
寿命も身長も異常な高水準ですが、さらに子供の数も凄い。
なんと200人以上の子供がいたともいわれています。
その半数は養子という説もありますが、それにしたって100人です。
さらにさらに、ラムセス2世は勇敢で優れた戦士だったという記録も。
戦争の際は、ラムセス2世の存在により兵は大きく鼓舞され、士気があがったとされています。
ファラオになるべく英才教育により、10歳で軍の司令官になったとも言われています。
かといって勢いにまかせて戦うだけというわけではなく、
敵の策略により不利な戦いを強いられたときは、平和協定をして休戦をする…といった、
柔軟かつ臨機応変な考えをもっていたとのこと。
まさにラムセス2世は伝説の存在であり、伝説の戦士だったと言えるでしょう。
ラムセスという名前は、太陽神ラーが由来しています。
ラーから生まれたという意味の「ラー・メス・シス」のギリシャ語読みが、
「ラムセス」というわけです。
そしてラムセス2世は、愛妻家だったとされています。
ラムセス2世がもっとも愛した正妃(妻)、ネフェルタリについてはこちら
⇒絶世の美女!ラムセス2世の妻ネフェルタリ 顔や名前の意味、王妃の墓について
ラムセス2世は、当時自分の都をつくりました。
都の名前はピラメセス。
ピラメセスについてはこちら。
⇒失われた幻の都!ラムセス2世の「ピラメセス」とは?カンティール?
ラムセス2世の墓はもっとも広く美しい?
ラムセス2世は、まだ生きている間に王家の谷につくられ、そこに埋葬されました。
王家の谷とは、古代エジプトのファラオの墓が集中している場所のことです。
ラムセス2世の墓は、もっとも広く、もっとも美しいものだったとされています。
しかし現在は自然災害による損傷が激しく、盗掘の被害も数多くあったため、
わずかなものしか残されていません。
ラムセス2世の孫娘、イシネスフェルトの墓について
2009年3月、エジプトの首都カイロ近郊のアブシールの遺跡にて、ラムセス2世の孫娘の墓が発見されました。
孫娘の名前は、「イシネスフェルト」。
発見したのは、早稲田大学とサイバー大学のエジプト合同調査隊。
墓に埋められていたのは、石灰岩でできた石棺。
イシネスフェルトという名前と、高貴な女性との身分が描かれていました。
石棺のなかには、ミイラ3体と、一緒に埋められた副葬品も。
発見の一方、異論も出ています。
古代エジプトには「イシネスフェルト」という名前の女性は数多く存在し、
墓の建築様式も当時のものと異なる。
ラムセス2世の孫娘の墓ではないのではないか…という意見です。
本物のラムセス2世の孫娘の墓だったのか…ということについては、今後の研究が待たれるところです。
ラムセス2世の死因は断定された?
ラムセス2世の死因は、長年謎とされています。
関節痛をミイラの状態から、関節炎を患っていたと推察されていましたが、
死因についてはハッキリしていません。
3000年物も前のファラオの記録とあって、なかなか断定はされないようです
ちなみに少々まぎらわしいのですが、「喉を切られて殺害された」とされているのは、ラムセス3世。
ラムセス3世は古代エジプト第20王朝の2代目ファラオです。
ラムセス3世は王位継承を狙って、妻の一人とその息子により暗殺されたとされています。
「ラムセス」の名を冠するものの、ラムセス2世との血縁関係はありません。
ラムセス2世について まとめ
ミイラになり、なおも生きた人物としてパスポートまで発行されたラムセス2世。
偉大な統治者として、そして誰よりも偉大で長寿な人物だったとして、今なお語り継がれています。
そして古代エジプトのファラオのなかでも、もっとも強大な1人だったとされています。
ラムセス2世のように、偉大で強大な人物にあこがれてしまいますね。
そして2018年7月20日(金)21時からのBS朝日「地球大紀行」ではラムセス2世がつくった都市ピラメセスについて
特集を行います。
ラムセス2世について興味がある方は必見です!
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