「俺俺」は、2010年の6月30日に星野智幸によって新潮社から刊行された
長編文学になっております。
元になっているのは文芸雑誌「新潮」の2009年6月号から2010年3月号に掲載されていた作品になり、
第5回大江健三郎賞に輝いています。
ストーリー紹介(ネタバレなし)
家電販売店「メガトン」でアルバイト店員として3年の間働いていた永野均は、
カメラに関する知識と巧みな接客態度を評価されて
正社員へと昇格登用されました。
連日のように続いているオーバーワーク気味な日々や
嫌みな上司の田島主任にうんざりしていた永野は、
ファーストフード店で隣り合わせた檜山大樹というビジネスマンの携帯電話を
偶然にも手に入れてしまいます。
実家の母親からかかってきた電話を取った永野は、大樹に成り済まし
あっさりと90万円を振り込ませます。
突如として訪ねてきた大樹の母親に息子として認識された永野は、
気が付くと周りには自分のそっくりさんが増殖していました。
俺同士はやがて連絡を取り合い、
奇妙な交流会を開いていくのでした。
本を読んでみた個人的感想
主人公の永野が慌ただしい仕事の合間に、燃料補給のように食事を取る風景には
印象深いものがありました。
全国展開するビジネスチェーンのお店で朝昼兼用のハンバーガーを食べて、
深夜にはコンビニでいつものお弁当を購入する様子には
一抹の哀愁が漂っています。
同じような毎日の繰り返しにうんざりしている、
都会に生きる若い世代の虚無感を表現したストーリー展開には
惹き込まれていきました。
見ず知らずの女性に対して「お母さん」と呼び掛けて、
手作りの煮物や野菜盛りだくさんの健康的なメニューをご馳走になる場面には
不思議な癒しがありました。
突然の不条理な出来事に困惑しつつも、
「俺」たちが連絡を取り合いオフ会を開催するシーンが笑わされました。
1番に良かったセリフや言葉
随所に散りばめられているブラックユーモアたっぷり含んだ会話の中でも
特に印象に残っているのは、
「自分がどこにも存在していないような気がして、意識が遠くなりそうだった。」
というセリフでした。
電話越しにオレオレ詐欺に手を染めていくうちに、
主人公の心の奥底に涌いてくる不思議な気持ちを捉えた言葉になります。
インターネット上やSNSを始めとする最先端のメディアを介して
不特定多数の人物と繋がっていき、
お互いが匿名性の高い存在へと変わっていく今の時代にも重なるものがありました。
カメラマンへの未練たらたらで
現在の職場にも自分自身の人生にも愛着を持つことが出来なかった青年が、
クライマックスに見た驚愕の風景が圧巻でした。
まとめ
朝・昼・晩の味気ない食生活に物足りなさを覚え始めている人には、
是非とも手に取って頂きたい小説だと思います。
毎日の無機質なオフィスでのルーティンワークにお疲れ気味な方たちにも、
ピッタリな1冊になっています。