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周辺の人からよく好かれ、仕事の評価も高く、人間的にも愛され、

何の問題もないように見えた仁藤という男。

 

その仁藤が妻子を「本が増えて家が手狭になった」ために

殺害したと供述します。

一見事故にも見えた仁藤の妻子の死。

 

その供述に興味を持った小説家の主人公、

「私」が仁藤のルポタージュを書くために、

彼の周辺の人々に取材を進めていくミステリーです。

 

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真実とは一体なんなのか

当初は事故に見えた仁藤の妻子の死

しかし一転、仁藤は供述をし、罪を認めています。

しかし仁藤の多くの知人は、仁藤が警察に自白させられたと言い、

弁護士さえも仁藤の供述を信用しきれないでいます。

 

そもそも人は「本が増えて家が手狭になった」から、

妻子を殺してしまうのでしょうか。

誰もが羨む生活と美しい妻と可愛い子を、

そんな理由で殺せるものなのでしょうか。

 

そもそも、そんなリスクの高いやり方は、

適切なのでしょうか。

そんな思いが仁藤の周辺の人々や、

インタビューを行う「私」にもよぎります。

 

そんな仁藤ですが、一部の人間が、主人公「私」に

もしかしたら「本が増えて家がて狭になった」から妻子を殺してしまうかもしれない

仁藤の話をしはじめます。

 

その些細ではあるけれど感じさせる違和感から、

作者は仁藤がもしかするととてつもないなにかを抱えているのかもしれないと考えます。

 

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必ずしも真実にたどり着けるわけではない

インタビューを通じて、仁藤や仁藤の周辺の人々を俯瞰していたはずの「私」ですが、

「私」は仁藤が「本が増えて家が手狭になった」ために妻子を殺害した理由を

探し始めてしまいます。

 

小説家ゆえなのかもしれません。

小説であれば、どんな残忍な事件も、おかしな殺人の理由も、

作者が筆を走らせれば誰もが納得する理由を与えてやることができます

 

しかし「私」が書いているのはルポタージュではなのです。

物語性よりも、真実が優先されなければなりません。

 

けれども「私」がルポタージュのために取材するのも、

仁藤の周囲の人々がインタビューに答えていくのも真実をもとめるよりも、

納得の行く答えを知りたいのかもしれません。

 

主人公「私」は仁藤に関わった人々、

そして過去に出会った人々にインタビューを続けていきます。

 

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まとめ

主人公「私」の見つけた真実は、

真実だという保証がどこにも存在しませんでした。

 

一見真実のように見え難いものが、嘘ではないことがあります。

しかし、それは他人が判断するのは非常に難しいことです。

 

真実が目の前にあったとしても、

必ずしも理解できるとは限りません。

 

主人公である「私」も、「私」の目を通じてしか事件を見られない読者も、

誰かの嘘も、誰かの真実も、

外から見極めるのことは不可能だということがわかるミステリー作品です。

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