江戸時代から明治時代の中で大きな仕事を成し遂げた、勝海舟という男の人を知っていますか。
- 「名前だけなら知っている」
- 「坂本竜馬の師匠だったよね」
- 「自画像が結構イケ面だった」
など、成し遂げたことまで知らないけれど、ほんの少しなら、という方が多いことでしょう。
実は現在ドラマ放映中の「西郷どん」のモデルである、西郷さんとも関わりのあった重要な人物だったのです。
具体的にどんなことをした人なのか、探っていきましょう。
この本を読む前ときっかけ
勝海舟については、小学6年で歴史を習った時、歴史上の人物の漫画を図書館で借りるのが友達との間でブームになっていました。
坂本竜馬の本を借りた時、面白かったので、
そこに出てきた勝海舟はどんな人なんだろう?
と思い、借りたのを覚えています。
ところが、漫画家のイラストにも左右されたのか、あまりしっくりいかず、ささっと読んだだけで返してしまった記憶しかありませんでした。
最近、久しぶりに歴史上の人物、特に西郷さんのドラマの影響か、
苦手だった明治時代付近について知ってみたい!
と思ったので、児童書ではありますが、こちらの本が目に止まりました。
明治時代にあまり興味がなかったのは、武士が主に活躍していて男の子の世界だなと思ったのと、政治関係が苦手だったからでした。
読んでみると、子供向けということもあって、単語が苦手な人でも大丈夫な内容でした。
勝海舟もやはり貧乏な時代を過ごした
最近、二ノ宮金次郎の本を読んだのですが、大きなことを成し遂げた人は、貧乏時代や下積み時代があると言いますが、勝海舟もそうだったみたいでした。
お正月飾りを買うお金もなかったのですが、親戚が特別にお餅をくれるというので、幼き海舟は一人で取りに向かいますが、
真っ暗な中、落としてしまって、誰も助けてくれないのを見ると恥ずかしくなってそのまま拾ったお餅を投げ捨ててしまったそうです。
恥ずかしいと言うか、持って帰らなかったことで、厳しい父に怒られなかったのかなと思いました。
父親は幕府の元で働きつつも、学校の用務員のような役目だったらしく、剣術はあったものの踏み込むことができず、代わりに息子に立派な職業についてもらいたいと思っていたようです。
海舟は11歳くらいで殿様の息子の世話役を任され、久々に自宅に帰った時、もっと勉強したいと剣術や蘭学を学びます。
ところがその帰り道、犬に大けがを負わされて、生死をさまようことになります。
死ぬ間際まで世の中につくした
勝海舟は、父がお参りなどを必死に行ったおかげで、どうにか持ちこたえました。
今の医療ではどうにかなるけれど、当時だとそうもいかなかったのだと思いました。
貧乏なのもあったけれど、蘭学の本は貴重で、持っている人が少なく、海舟はどうにか頼み込んで1年かけて37巻ほどある本を書きうつしたと言います。
しかも、本を通じて友達も出来ます。
学んだことはもちろん、その友達や友達が亡くなる直前に紹介してくれた人達は、海舟が成し遂げることに大きく貢献してくれるのは、出会いって凄いなと思いました。
剣術の先生は、やがて剣術だけでは勝つことができない争いが起こると分かっていたので蘭学も学んだのです。
その蘭学は、船でアメリカ視察をする前に行われた勉強会で、海舟が率先して蘭学の先生をすることになります。
アメリカ視察に行く時、高熱でフラフラでしたが、成し遂げ後の達成感は凄かったみたいです。
ところが、日本ではペリー来航や生麦事件などめまぐるしい出来事が起きていたので、読んでいるこちらもあれよあれよと頭がパンクしそうで、海舟もその事件のスパイかと疑われたりしてみたいです。
新政府軍の坂本竜馬や西郷さんとは敵にあたる立場だったのに、どこか幕府に不満を抱いており、どっしりと自分の意見を言う所が凄かったのか、逆にその人達が彼の味方になってしまったのは驚きました。
年齢を重ねるうちに仕事が増えていったので、もっとゆっくり過ごしたいと思っていたみたいです。
まとめ
家族と触れ合う時間が出来ると、貧しくても癒されると感じた場面は、理想だと思いました。
また、父が成し遂げられなかった分、大きなことをしようと走り回ったのは凄いけれど、
親と違う道を選びたいという葛藤はなかったのかな
と思いました。
なので、坂本竜馬の死を機に、彼なりにゆっくりした人生を歩んでも良かったような気もしました。
自分も勉強が好きなので、二ノ宮金次郎と勝海舟は重なるところが多く、学んだことは遠い将来に役に立つと言うところが励まされました。
竜馬は最初は殺すつもりで来たのに、逆に弟子にしてほしいと志願し、海舟は友達になりたいと答えたのは、見ていて良いなと思いました。