ブルーインパルスの航空ショーってかっこいいですよね!
すごい混むのは覚悟であの感動を味わいたく毎年楽しみにしています。
でもあのスピードで6機もの飛行機が近距離で飛行したり離れたり。
いつもハラハラドキドキしてしまいます。
あれだけハイレベルなショーを無事故でと考えるとすごいですよね。
でも…
実際に1982年には浜松の航空祭で事故が起こったのを覚えている方も多いんじゃないでしょうか?
ブルーインパルスでは初めての飛行中の事故でした。
事故の状況や原因を詳しく紹介していきます。
ブルーインパルスの事故は下向き空中開花の時に起こった!?
1982年当時、ブルーインパルスは飛行機の機種を新しく国産ジェット練習機に更新、新しいメンバーで構成されたチームとして活動を始めたいわゆる「デビュー」年。
「下向き空中開花」のあと、一機が急激に降下し墜落しました。
調査の結果、事故の原因は墜落した4番機への支持タイミングが遅れたために機体の姿勢を立て直すのが間に合わなかったためと発表されました。
その瞬間、4番機だけ最も困難な動作が必要だったそうで少しの遅れがこういった大惨事につながったということです。
でも、その指示の遅れというのがなんとたった「0.4秒」だったそうなんです…。
すごい世界ですよね。
1秒にも満たない誤差でこれだけの大惨事につながるなんて。
あれだけ体にG(重力)を受けながらそれだけのコントロールが必要だなんて並大抵の精神力や肉体力では務まらないはずです。
その事故以降、「下向き空中開花」は廃止され再発防止策がとられています。
ブルーインパルス浜松航空祭の墜落地点はどこだった?
墜落したのは近くの駐車場でした。
この事故で近くの民家がいくつも全焼し、工場3棟が半壊。
それだけでなく一般人12名にやけどなどの重軽傷者を出すほどの大惨事になりました。
パイロットの方も残念ながらお亡くなりになってしまいました。
本当に死と隣り合わせですよね。
航空祭って自衛隊基地内であったりと広い場所で開催されるんですが、あのスピードで縦横無尽に飛び回るのでやはり住宅地の上なども飛ぶことになるんですよね。
そう考えると再度の事故の可能性がゼロではないので航空祭に足を運んで実際に見るのも色々考えてしまいますね。
まとめ
1982年の浜松で起きた事故は指示の遅れによる人災でした。
それ以降、再発防止の対策がとられ今でも航空祭は続いています。
その事故を知ってもなお自らブルーインパルスのパイロットに志願し厳しい訓練に耐えてあの素晴らしいショーを見せるパイロットたちって本当にすごいですよね。
これから事故が起こらないことを願うばかりです。
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