小説「アメリカの壁」は、1978年の6月に小松左京によって文藝春秋から刊行されたSFアドベンチャーになっております。
文芸雑誌「SFマガジン」の昭和52年7月号に掲載された表題作が、他5篇と共に単行本されている作品になります。
ストーリー紹介(ネタバレなし)
日本から取材でニューヨークへとやってきたフリーライターの豊田は、二日酔い明けとなる土曜日の朝に宿泊先のホテルから下北沢の自宅へ国際電話をかけます。
ブラックアウトが原因で海外への通信が不可能になり、ありとあらゆる交通手段が遮断されていることに気がつきました。
やがてはホワイトハウスからの発表によって、北米大陸全体が巨大な白い霧の壁に取り囲まれていることが発表されます。
全米各地の旅行者や駐在員たちは、各国の大使館や連邦移民局の管理下に置かれることになりました。
豊田は独自の取材ルートと人脈からアメリカ政府への疑惑を募らせていき、空軍が密かに開発していた有人爆撃機に乗り込んで壁の向こう側へと突入していくのでした。
本を読んでみた個人的感想
代表作「日本沈没」で列島を海の底へと沈めた著者が、本作品の中ではアメリカを巨大な壁の中に封じ込めてしまったことには驚かされました。
2001年の9月11日以降、テロとの戦いによって扉を閉ざしていく現実の超大国にも繋がるものがあります。
かつてないパニックへと陥っていくアメリカ社会を巧みにコントロールしていく、ヘンリイ・パトリック・ジェイムズ・モンロー大統領が迫力満点でした。
「輝けるアメリカ」をキャッチフレーズに掲げる姿には、「アメリカ・ファースト」を叫び続けている21世紀の大統領を思い浮かべてしまいました。
やたらと長ったらしい名前に込められている恐るべき秘密を、主人公の豊田が突き止めるシーンには強く心を揺さぶられました。
1番に良かったセリフや言葉
随所に散りばめられている忘れ難いメッセージの中でも特に印象に残っているのは、「アメリカって国は、ひょっとすると躁鬱文明かも知れんな」というセリフでした。
1970年代後半のベトナム戦争終結直後に社会全体を覆っていた、当時の虚無感や不安が伝わってくる言葉になります。
アメリカ自体が若い国であり、人生に迷い岐路に立たされていくひとりの青年のようでもありました。
一見すると荒唐無稽に思えていたストーリー展開にも、今の時代の問題点や矛盾を鋭く捉えていて考えさせられました。
アメリカとメキシコの国境沿いに巨大な壁が築き上げられようとする今だからこそ、自由奔放な想像力と他者との繋がりが求められていることを痛感させられました。
まとめ
ビジネスでの出張や海外へのレジャーなどでアメリカに足を運ぶ機会が多い方たちには、是非とも手に取って頂きたい1冊になっています。
筒井康隆や星新一などの、日本のSF文学に造詣の深い皆さんにもお勧めな本だと思います。