小説「波多町」は、
1992年の4月に集英社から刊行された
内海隆一郎さんの長編文学です。
1969年に「雪洞にて」で
文學新人賞に輝いた
個性派の純文学小説家が、
新たな新境地を切り開いていく作品になります。
ストーリー紹介(ネタバレなし)
童話や絵本などの挿し絵画家として
活動を続けている「わたし」は、
妻とふたりの子供たち4人で
平穏な生活をしてしました。
生前に新種の薔薇を生み出した
造園家として有名な父親の影響もあり、
園芸の手引き書もいくつか出版しています。
ある時、京浜の港湾地帯にある
小さな町から講演の依頼が来ました。
そして、わたしは「波多町」へと
足を踏み入れます。
講演会が大盛況に終わった途端に、
わたしは身柄を拘束され、
ゴミを埋め立てて造られたこの町に
薔薇を咲かせることを強要されてしまいます。
町内会ばかりではなく、
警察官や医者など町ぐるみでの監視体制に
脱出を諦めたわたしは、薔薇栽培に熱中し、
いつしか都内に置いてきた家族や仕事のことを忘れていくのでした。
本を読んでみた個人的感想
ストーリーの舞台に設定されている、
臨海副都心の無機質な街並みには、
味わい深いものがありました。
「ウォーターフロント計画」や
「ニュータウン都市開発」といった
聞こえのいい言葉を並べながらも、
次から次へと昔ながらの風景が消え失せていくのです。
そこに、
一抹の寂しさを感じました。
地下1・5メートルに、
莫大な量のゴミが埋まっている不毛な土地に、
ただひたすらに薔薇を咲かそうとする人たちの奮闘ぶりが
滑稽でもあり哀れでもあります。
目的を達成するためには手段を選ぶことなく、
犯罪に近い行為にまで手を染めていく住人たちにも、
どこかピュアな想いを垣間見ることが出来ました。
日本各地が均一化していき、
波多町が現実となるような
不気味な予感も伝わってきます。
とくによかったセリフや言葉
全編を通して忘れがたい会話の中でも
1番印象に残っているのは、
「わたしは鼠の世界へ入りこんだ猫みたいなものです」
という言葉でした。
理不尽な出来事にも屈することなく、
自宅から監禁先に道具を郵送してもらい
いつも通りに仕事をこなす「わたし」が呟いたセリフです。
痩せ地や潮風の中でも
花を咲かせる新種の薔薇「エメラルド」と、
家族と離ればなれになった孤独な環境の中でも
新作の執筆を続ける画家の生きざまが重なり合っていきます。
見ず知らずの土地で
常識はずれな人たちに囲まれているうちに、
次第に心変わりをしていく様子が印象的でした。
クライマックスで明かされる真実と、
主人公が下した意外な決断には驚かされました。
まとめ
随所に散りばめられている
薔薇に関するうんちくやこぼれ話が魅力的になり、
園芸に興味のある人にはオススメな1冊になっています。
有明やお台場を始めとする、
都心の湾岸に住んでいる方たちにも
ぜひ手に取って頂きたいと思います。